1978年、「オリビアを聴きながら」で鮮烈なデビューを飾った杏里さん。
透明感のある歌声と都会的なサウンドは、時代を越えて今も多くの人を魅了し続けています。
ロサンゼルスを拠点に活動する今、国籍や生い立ちについて「帰国子女なの?」という噂が広がっているようです。
実際のところはどうなのか、杏里さんの現在と生い立ちやプロフィールを丁寧に紐解きます。
杏里の現在の国籍や年齢

ハワイやロサンゼルスを拠点に活動した時期があるため、 「国籍が変わった?」という噂が出ましたが、公式情報・公的記録に 国籍変更の事実はありません。
帰国子女なの?
神奈川県大和市で育ち、幼少期に海外生活もなく、海外の学校に通った事実もありません。
英語の発音が非常に良い
シティポップ界隈は英語力の高いアーティストが多かった
デビュー初期から外国人コーラスを起用
海外ミュージシャンとの交流が多い
ジャネット・ジャクソンと友人というエピソード
杏里さんは、英語の発音の良さや外国人コーラスを起用した都会的な演出をします。
そして、洋楽への深い造詣、そして海外アーティストとの交流の多さから「帰国子女では?」という噂が広まりました。

現在の活動拠点
杏里さんは、2000年にLAに移住しました。
デビュー時のファーストアルバムのレコーディングで訪れた時からとても気に入っている所がLAでした。
いつかはLAで生活したいと常々考えていた場所でその願いを叶え、LAを拠点に国内外での音楽活動をしています。
海外の大好きな場所で、周りの雑音や煩わしい思いをせずに過ごせるなんて、個人的には羨ましいですよね。
杏里の生い立ちやプロフィール

プロフィール
名前:杏里(ANRI)
本名:川嶋栄子(かわしま えいこ)
生年月日:1961年8月31日
出身地:神奈川県大和市
デビュー:1978年
デビュー曲:「オリビアを聴きながら」
お父さんがやり手
お父さんは、黒部ダム建設に携わり、その後 温泉発掘に成功し温泉施設の「中央林間ハッピーランド」を経営されてました。
杏里さんは、3人の兄の下に生まれた一番下の女の子でした。
「父も私を溺愛してくれました。けれど3人の兄の下に私が生まれた当初、父は不本意だったようです。建設業、生コンクリート製造、温泉掘削と次々事業を立ち上げて成功させたエネルギッシュな父は、もうひとり男の子が欲しかったのですね。母は『産んで1週間たっても父が病院に来ない』と兄に泣いたといいます」出典元 [日本経済新聞夕刊2019年5月21日付]
お父さんのエネルギッシュさ!凄いやり手な方だったのが伝わりますね。
杏里さんもそんなお父さんが大好きでした。
「どこにでも父について行きました。幼稚園のころから私は地獄耳で、父が仕事で北海道に行くと気付いたときは、朝早くから玄関にがんばっていて、強引について行きました。父と会社の顧問弁護士が仕事の話をしていた銀座のクラブについて行き、退屈のあまり外に出て迷子になったこともあります。数寄屋橋の交番に保護されてしまいました。学校を休んででも父と全国を旅していたのです」
出典元 [日本経済新聞夕刊2019年5月21日付]
杏里さんのお父さん子が伝わってくるメッセージですね。
杏里さん自身も子供時代からお父さん同様にエネルギッシュだったのが、伝わって来ますよね。
杏里さんのお父さんは、2018年アメリカでレコーディング中に亡くなってしまいます。
「父の死はレコーディング中の米国で知りました。大きな悲しみと喪失感の中、2日間だけ帰国してすぐにレコーディングに戻りました。仕事を投げ出さない責任感、一度決めたら続ける力、臆さず新しいことに挑戦する心など、私が父の背から学んだことはたくさんあります。それは40年ステージを降りていない今の私を支えています」
出典元 [日本経済新聞夕刊2019年5月21日付]
杏里さんは、本当にお父さん子で、お父さんからも溺愛されていたんですね。
今もお父さんに守られて音楽活動をしていらっしゃるのを感じますね。
歌手デビュー迄

幼少期からピアノを習い、長兄の影響でよく聴いていたポール・モーリアをコピーしていたそうです。
またオリビア・ニュートン・ジョンや、荒井由実、尾崎亜美、風、かぐや姫等、あらゆるジャンルの楽曲を聴いて育った杏里さん。
デビュー後
1978年のデビュー以来、”杏里というアーチスト”をどう作り上げて行こうか、レコード会社やプロデューサーが模索していました。
1982年に、花王のCMで使われたシングル盤「思いきりアメリカン~I Love Poping World,Anri~」がヒットし、「夏」「海」という杏里さんのイメージが固まったそうです。
杏里さんのハスキーな歌声とエキゾチックな魅力は、80年代から90年代にかけて多くのファンを魅了しました。
touko私もそのうちの一人!
杏里さんの音楽活動は1978年にデビューしてから現在までずっと続けています。
日本だけでなく海外でも活躍している所が、評価されている要因ではと思います。
杏里さんの音楽が心に響く理由の一つは、杏里さんが感情豊かで、多くの人々に共感されるテーマを歌い上げている所ではないでしょうか。
まとめ


杏里さんは1961年生まれの現在64歳。
国籍は日本で、神奈川県大和市出身の“日本育ち”のアーティストです。
英語の発音の良さや海外ミュージシャンとの交流、そしてロサンゼルス在住という現在の活動スタイルから「帰国子女では?」という噂が広がりました。
ですが、幼少期に海外生活をしていた事実はありません。
洋楽への深い造詣とシティポップ特有の都会的な音楽性が、杏里さんの国際的なイメージを形づくってきたのだと思います。
デビューから45年以上経った今も、杏里さんは変わらず透明感ある歌声で多くのファンを魅了し続けています。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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