稲垣潤一さんは、シティポップ黄金期を代表するシンガー!
「ドラマティック・レイン」や「夏のクラクション」等、心にしみる名曲が数々あり有名である。
ドラムを叩きながら歌うスタイルもかっこよくて、まさに唯一無二の存在なんだよね。
稲垣さんは恋愛や結婚についてあまり多くを語らないタイプ!
ミステリアスな雰囲気も稲垣さんの魅力のひとつではあるよね。
そんなプライバシーを大切にする稲垣潤一さん
稲垣さんの妻の事やカッコイイ若い頃と現在を紐解きたいと思います。
稲垣潤一の妻!

稲垣潤一
前妻・笛美さんとの出会い!
稲垣潤一さんの前妻である笛美(ふえみ)さんは、稲垣さんがまだ仙台でディスコやクラブで演奏していた頃に出会った女性なんだよね。
稲垣さんのステージに心を惹かれた笛美さんは、8歳年上ということもあって、彼を包み込むように支え続けたんだよね。
まさに姉さん女房って感じで支えていたんだ。
当時から稲垣さんの才能に惹かれて、音楽を通じて絆を深めていった素敵な関係!
音楽を通じて強い絆を築き、その延長線上に結婚という人生の大きな選択を共に歩むようになったんだね。
単なる恋愛ではなく、音楽と人生を分かち合う「同志」としての関係が芽生えた事が、二人の絆を深めたんだね。
笛美さんの才能!
笛美さんは「紫夢(しむ)」というペンネームで作詞家としても活動し、稲垣さんの作品に深く関わっていたんだよね。
笛美さんはただの「支える妻」ってだけじゃなくて、作詞家としても活躍していたんだ。
稲垣さんの代表曲の一部は笛美さんが作詞を担当!
その中でも「eternity」は笛美さんが最後に手がけた楽曲として知られているよね。
夫婦としての歴史が作品の中に刻まれている感じがして、とても素敵だよね。
夫婦でありながら、音楽のパートナーとしてもお互いを高め合った関係!
アーティストとしての稲垣さんを大きく成長させたんだね。
作詞を通じて稲垣さんの心の内面やメッセージを表現できたのは、最も近くで支えた笛美さんだからこそできた事だよね。
夫婦が同じ夢を共有し、作品として残していくのはすごく素敵で、羨ましい関係だね。
笛美さんとの間に子供は?
二人は約30年間という長い結婚生活を共に歩んだんだ。
その間ずっと稲垣さんが全国的に有名になる迄の成功を常に陰で支え続けてきた笛美さん、本当に大きな存在だったんだと思う。
時には音楽活動の裏方として、時には精神的な支えとして、夫婦の関係はただの「伴侶」以上のものだったんだ。
笛美さんは体が弱かったので、子供は授からなかったんだけど、それでも二人の間に築かれた信頼関係や愛情は揺るぎないものだった。
家族の形は人それぞれ!
笛美さんと稲垣さんの場合は「二人の音楽と人生」が一つの大切な家族であり、二人の子供のような存在だったのではないのかなあと個人的には思う。
子供の有無よりも、互いを信じて生きることこそが夫婦の本質なんだよね。
笛美さんの死!
2006年に笛美さんは病気でお亡くなりになってしまった。
詳細は公表されてないけど、やっぱり体が弱かったっていうのも関係していたんだね。
30年間も連れ添った人を失う事は、本当に言葉にできないほど辛いよね。
稲垣さんがその後の音楽活動で、人との絆とか人生の儚さをすごく大事にしてるのは、きっと笛美さんとの時間や別れが大きく影響してるんだね。
稲垣さんの曲を聴いてると、悲しみや優しさがすごく深いところから伝わってくる。
稲垣さんの歌を聴くとき、ただのラブソングとかバラードとしてじゃなくて、「笛美さんとの物語」が背景にあるんだなと感じるよね。
稲垣潤一さんと前妻の笛美さんって、夫婦以上で「音楽の同志」の関係!
二人が一緒に紡いできた時間が今も音楽の中に生き続けてるよね。
大切な人を失った経験は本当に辛いもの。
その悲しみさえも音楽に込めて、多くの人の心に届けている稲垣さんの姿に、私はとても感動するんだよね。
稲垣潤一 10歳年下の妻と再婚!

稲垣潤一
稲垣潤一さんは、2008年に一般女性と再婚したんだ。
この奥さまはフリーランスとして活躍されており、名前や顔写真などは公表されていない一般人!
結婚式は控えめな形で、家族や親しい方々だけで行われたそうで、2人の間に子供がいるかどうかは、プライベートな情報として明かされていない。
静かで穏やかな家庭を築かれている様子が伺えるよね。
稲垣潤一さん 55歳の時の再婚です。
稲垣さんは、深く静かな愛情深い男性!羨ましい限りですね。
稲垣潤一現在と若い頃!

稲垣潤一
若い頃(1980〜90年代)
・都会的で洗練されたシティポップの旗手だったんだよね。
・ドラムを叩きながら歌うスタイルが本当にカッコ良かったんだ。
・「ドラマティック・レイン」「夏のクラクション」他、恋と夜を感じさせる曲
・スーツ姿でクールに決めるビジュアルも印象的だったね。
現在(2020年代)
・年齢を重ねても変わらない透明感のある歌声が相変わらず素敵だよね。
・カバーアルバムやコラボ企画で若い世代ともつながって時代に乗っているよね。
・ライブでは昔のヒット曲を今の感性で歌い直して、まさに“進化するレジェンド”!
・落ち着いた雰囲気の中に、あの頃のロマンチックさがちゃんと息づいてるね。
若い頃は“都会的な恋の語り部”、今は“時を超えて愛を歌う大人のシンガー”って感じだよね。
Wikiプロフィール!
稲垣潤一さんは、1953年(昭和28年)生まれ、現在72歳です。
父親は東京都、母親は兵庫県神戸市出身!
母親の疎開先の宮城県で、潤一さんが誕生したんだよね。
父親が、ビートルズやエルトンジョンを好んで聴くという音楽好きの家庭だった環境で育った潤一さん。
中学生になり8ビートを教わって、中学でドラム・ヴォーカルを主に担当したんだ。
高校で初めてバンドを作りながら本格的なバンド活動を始めたという音楽漬けの人生だったんだよね。
だから稲垣潤一さんは、音楽センスが本当に素晴らしい!
歌手デビュー
1982年に「雨のリグレット」でデビュー!
3枚目のシングル「ドラマティック・レイン」でで自身初のTOP10入りを果たしたんだ。
1986年から1989年にかけてオリジナル・アルバムが4作連続1位を獲得!
1992年に発売した「クリスマスキャロルの頃には」は170万枚を売上、クリスマスソングの定番として親しまれているよね。
稲垣さんは元々はドラマーである!
ライブやテレビ番組でもドラムを演奏しながら歌うことが時折あったんだよね。
それは それはかっこいいですよ。
稲垣潤一さんは、大半の楽曲は他の作詞・作曲家提供によるもの。
シンガーソングライター全盛の時代に、歌手に徹して自作曲は歌わないという姿勢を貫く姿もまた、かっこよかったよね。
稲垣潤一 まとめ

稲垣潤一
稲垣さんは、仙台市の地元の東北楽天ゴールデンイーグルスのファンクラブ名誉会員(会員No.11)!
トヨタ・アルテッツァのワンメイクレース「ネッツカップ・アルテッツァワンメイクシリーズ」等に参戦し、モータースポーツへの造詣も凄く深いよね。
稲垣さん自身も公式ライセンスを取得しているんだよね。
稲垣潤一さんは、奥様も大切にし 趣味も楽しんで人生を生きていらっしゃる姿がマジかっこいいと思うのは私だけでは無いと思う。

