久保田利伸(くぼた としのぶ)さんは、日本のR&B界を切り拓いたレジェンド的存在のシンガーソングライター!
紅白で歌ったmissingも感動的なステージだった!
1ミリも年を取ってない久保田利伸さんの姿も素敵だった!
そんな久保田利伸さんが、ニューヨークで知り合った女性と結婚している。
久保田利伸さんのNHK紅白の感動や結婚を紐解きたいと思います。
久保田利伸 紅白出演!

久保田利伸
紅白歌合戦の出場履歴
久保田利伸さんは、これまでに2回、紅白歌合戦に出場!
- 初出場(1990年)
- 28歳の時に「Forever Yours」で初出場している。
- 2回目の出場(2025年)
- 35年ぶりの出場で、63歳で「紅白スペシャルメドレー」を披露!
デビュー40周年を記念し、3曲を披露した!
どの曲も 原曲忘れそうなくらいアレンジしてたけど最高だったよね。
63歳とは思えないパフォーマンスで、歌唱力も別格だったよね。
あの夜のNHK紅白のステージ、まさに“キング・オブ・Jソウル”の貫禄だったね。
紅白での選曲理由
デビュー40周年という節目
久保田利伸さんは2025年にデビュー40周年を迎え、この記念すべき年に紅白出場が決まったんだよね。
この40周年というタイミングが選曲を決定したんだね。
世代を超えて愛される名曲!
「1, 2, Play」(2025年)
アフロビーツ調の楽曲で、TVアニメ『Let’s Play クエストだらけのマイライフ』のオープニングテーマとして書き下ろされたナンバーなんだ。
「Missing」:1986年発表のバラードで、久保田さんの代表曲の一つです。長く愛される名曲として、大人のファンにはたまらない。
90年代の音楽番組で久保田さんが「Missing」を披露したとき、松田聖子さんがその歌声に心を打たれて、思わず涙を浮かべたシーンは有名だよね。
「LA・LA・LA LOVE SONG」:1996年に大ヒットした楽曲で、久保田さんが幅広い層に知られるきっかけとなった曲!
「LA・LA・LA LOVE SONG」は、1996年にリリースされた久保田利伸とナオミ・キャンベルのコラボレーション曲!
当時ニューヨークに住んでいた久保田さんが、偶然ナオミと同じマンションに住んでいて、エレベーターでばったり出会ったのがきっかけ!
その場で意気投合して、このコラボが実現したんだ。
歌っているのは久保田さんで、ナオミは曲中の間奏などでささやくようなフレーズ(スポークンワード)で参加している。
ナオミの存在感が曲に華やかさとミステリアスな雰囲気を加えているのがいい!
久保田利伸 1ミリも老化してない!
- 変わらぬ歌声:デビュー当時からのソウルフルな歌声が健在で、圧巻のパフォーマンス!
- スタイルの良さ:スラッとした体型をキープしてて、衣装の着こなしも抜群。時が止まってる!
- ダンスのキレ:63歳とは思えない軽やかな動きで、リズム感もバッチリ。まさに“現役”!
- オーラと表情:笑顔や目の輝きが若々しくて、ステージに立つだけで空気が変わる。
世界を見据えた活動
1993年にはニューヨークに初の拠点を移した。
1995年にはUSコロムビアレーベルからアメリカでのデビューアルバムを発表するなど、積極的に海外での活動を展開したんだよね。
日本とアメリカを行き来しながら常に自身の音楽性をアップデートし、そのワールドワイドなアーティスト性は「LA・LA・LA LOVE SONG」の大ヒットによって広く認知されたんだよね。
久保田利伸 結婚相手は?

久保田利伸
久保田利伸さんの結婚相手は、2004年に結婚した11歳年下の一般女性!
ニューヨークでの出会い
久保田利伸さんと奥様は、1990年代後半にニューヨークで出会った。
ノルウェー系の外資系企業に勤めるキャリアウーマン!
知人の紹介
久保田利伸さんが音楽活動で最も充実していた時期に、ニューヨークに勤務していた奥様と、知人の紹介で知り合った。
久保田利伸さんは、2004年に42歳でご結婚されました。
お相手の女性は当時31歳日本人で、仕事が出来る人。
馴れ初めやご夫婦の関係
お二人の出会いは、1990年代のエンターテイメントの中心地であるニューヨークだった。
6年間の交際期間を経て結婚に至り、お互いを深く理解し合っている素敵なご夫婦!
久保田さんは、ご家族のプライバシーをとても大切にされており、奥様の写真などは公開されていません。
奥様は久保田さんの音楽活動を支える大切な存在!
久保田さん自身も「家族がいるから音楽を続けられる」と語って大切にしている。
久保田利伸 子供は!
久保田利伸さんには、お子さんが1人いらっしゃいます。2004年12月24日のクリスマスイブに誕生した男の子で、現在11歳!
お子様の名前や顔写真、通っている学校などの詳細は非公開!
家族のプライバシーを尊重し、大切にする姿勢が強く感じられるよね。
ニューヨークでの活動!

久保田利伸
久保田さんは、自身の音楽スタイルが日本で浸透するかどうかに限界を感じ、ニューヨークへ渡ったんだ。
そして 久保田さんは、音楽活動の拠点としてニューヨークに長く住んでいた。
JUJUさんもニューヨークで久保田さんを見かけたエピソードを語っているよね。
久保田さんにとってニューヨークは、人間的な成長の場であり、世界に音楽を発信する上で重要な場所だったんだ。
久保田さんはニューヨークの様々な人種が混じり合う環境の中で、自分を強く持つことの重要性を感じたと言っているよね。
日本のR&Bを確立した存在!
久保田利伸さんは、日本のR&Bシーンを牽引し、その後の音楽ジャンルに大きな影響を与えたアーチスト!
久保田さんが登場する前にもソウルミュージックやファンクを取り入れたアーティストはいたけど、R&B特有のグルーヴ、メロディセンス、そしてビジュアルを前面に押し出した日本人は皆無だったんだよね。
久保田さんの登場によって、日本の音楽シーンにR&Bというジャンルが広く浸透したと言っても過言ではない特別存在!

