GLAY JIROの嫁は玲子!若い頃から現在の劣化する年齢を重ねて

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GLAYのJIROの存在は、TAKUROも 一目置いているGLAYの副リーダー的存在です。

GLAYの中で音楽に関しては、意見を忌憚なくメンバーに伝えているJIROさん。

端正な顔立ちと優れたファッションセンスの持ち主であるJIROさん。

そんなJIROさんが 年齢を重ねて、劣化したと言われています。

若い頃から現在迄、自分自身の生き方を貫いているJIROさん。

玲子さんという愛する嫁を大切にし、それが自分の人生を作っている源と。

年を重ねても自分自身を貫くJIROさんの生き方を紐解きたいと思います。


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目次

GLAY JIROの嫁は玲子!

JIRO

2000年に音楽雑誌「What’s in?」の編集者女性の水村玲子さんと結婚したJIROさん。

JIROの葛藤

JIROさんは2000年のGLAY ARENA TOOR 2000の頃は

あまりにも忙し過ぎて精神的に参っていた時期。

ライブ中もずっと正面を見る事もなく下を向いての演奏が目立っていました。

ファンがそれを見てとても心配していたんですよね。

TAKUROさんも「JIROを休ませたい」と解散も辞さない覚悟の発言をしていました。

touko

TAKUROさんも心配していましたね。

TAKUROさんは北海道からJIROさんをグループに誘って東京に連れてきただけに、責任を感じていたんだと思います。

一挙にスターダムにのし上がったGLAYの中で、JIROさんは自分の実力と人気とのギャップに悩み苦しむというジレンマに陥っていました。

「本当にGLAYは良い音楽をやっているのか?」

という葛藤に悩んでいる時期でした。

玲子へ電話

仙台ツアーの時に、脱退したい思いを、東京の玲子さんに電話で相談したそうです。

touko

JIROさんは相当悩んでましたね。

玲子さんは、すぐにTAKUROさんに連絡し、JIROさんとTAKUROさんの仲を取り持ってあげたようです。

玲子さんは、その晩すぐにJIROさんがいる仙台に向かい 会いに行きました。

この時の玲子さんの行動にJIROさんは感動し結婚を決めたのです。

玲子さんも本当にJIROさんが心配だったんですね。

JIROさんと玲子さんは、1998年から交際をスタートしました。

その当時週刊誌にも報じられ、ファンにも知られるようになってしまいます。

そして玲子さんは GLAYファンからの嫌がらせや、仕事関係者にも嫌味を言われるようなっていきました。

その後 1999年にはソニーマガジンズを退職します。

玲子さんに対するファンからの冷たい声や風評に耐えられなかったんですね。

あの当時のJIROさんの気持ちを載せたいと思います。

「この人しかいないと思ったんですね。ギリギリのところで話すネガティブなことも真剣に受け止めて的確に返してくれる。ずっとそうだったよなって。」

JIROさんは、大好きなGLAYからの脱退寸前に、玲子さんの理知的な行動によって救われました。

自分の深刻な状態を理解し行動してくれた玲子さんの存在に本当に感謝したんですね。

ボクは、今回の「HEAVY GAUGE」で全てを投げ出したくなった瞬間が何度かありました。

自分でも、何に対してモヤモヤしているのかもその時はわかりませんでした。

そんな無力なボクを励まし、心の支えになってくれた彼女にボクは心底救われてました。

なんか、彼女とか家族とかメンバーとか、まずそこからの愛情を深めないとステージに立てない、そんな恐怖心があったんです。

ボクの大好きなバンドNIRVANAのカート・コバーンは、興奮もしてないのにステージに立ってる自分にうんざりして自殺してしまいました(まあ理由はそれだけじゃないんだけれども)。

カートと比較するのも失礼な話なんだけど、ボクはそうありたくない。

ボクはGLAYが大好きです。たぶん、好きな理由はファンのみんなとほとんど一緒だと思うのですが、ボクはGLAYのために努力したいし、GLAYと一緒に幸せになりたい。

だから、ボクにとっての結婚は、ボクがもっと多くの人を愛したいと思ったからなんです。

これからも、みんなでいい夢を見ましょう。」

引用元:GLAY Story

JIROさんの妻になった玲子さんも、この言葉で救われたでしょうね。

touko

玲子さんは嬉しかったと思います。

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GLAY JIROの若い頃から現在の劣化する年齢を重ねて

JIRO

名前:(芸名):JIRO(ジロウ)
本名:若山 義仁(わかやま よしひと)
生年月日:1972年10月17日(現在54歳)
出身地:北海道函館市
担当:ベース / コーラス
GLAYの副リーダー的存在

メンバーの中で一番もてていたのはJIROさんです。

touko

ルックスも良くて爽やかですよね。

若い頃は

JIRO

1990年代のデビュー当時は、金髪や派手なファッションで、まさにビジュアル系ロックの象徴でした。

細身でシャープな顔立ち、ちょっとやんちゃな雰囲気が魅力的でしたよね。

あの頃のライブ映像のJIROさんを見ると、エネルギーが爆発してて、眩しかったですよね。

touko

そしてファッションセンスも抜群です。

代官山でJIROさんと気付かれずに「雑誌のオシャレ選手権に出ないか」とスカウトされたこともあるとか。

デビュー当時、ローラーブレードを履いてスタジオ入りしていた事は有名です。

趣味はカメラとスノーボードで、シングル「Precious」のCDジャケットにJIROさんの写真が用いられている程の腕前です。

ファッションや趣味、音楽に突出した才能を発揮したJIROさんの生き様に 年齢を重ねた顔が作られるのも当たり前だと思います。

現在は劣化してる?

JIRO

「JIROの顔が更けた!劣化した!」との声が上がっています。

JIROさんは1972年生まれ、今年54歳です。

年齢を重ねても、スタイルはほとんど変わらず、むしろ落ち着いた大人の色気が加わっているんですよね。

髪型やファッションは少しシンプルになったけど、ベースを弾く姿は今も変わらずクール。

劣化どころか進化してるのではと思います。

その若々しさとパフォーマンス力は、まさに“年齢不詳のロックスター”!

当たり前ですが50年以上生きてると、目じりのシワやほうれい線は入りますよね。

touko

普通ビジュアル系の芸能人は、顔のメンテナンスをします。

ビジュアル系ロックバンドのベーシストでありながら、自分の音楽を貫き通すJIROさん。

年齢を重ねたシワが逆に渋くカッコよく見えるのは、私だけではないと思います。

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まとめ

JIRO

JIROさんは、プライバシーを大切に家族を守っています。

JIROさんの自宅は「南青山」、もしくは、「中央区」の高級マンションでは?と言われていますよね。

以前 JIROさんの自宅に行ったDJ OZMAさんが「JIROの家は凄かった」と友人に言っていたそうで、凄い豪邸でオシャレな自宅のようです。

JIROさんは、嫁の玲子さんや家族とくつろげる自宅を大切にし、愛する家族を守るJIROさん。

若いから年齢を重ねても自分自身の生き方を貫き通して、老けるどころかより渋みを増しています。

年齢を重ねたJIROさんが今だにリスペクトされる由縁がここにあると思います。

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この記事を書いた人

憧子(Touko)と申します。
時代の流れとともに聴き続けている音楽
ポップスやロック フォーク R&B
今聴いてもあの時代にワープ出来る!
そんな時代を牽引するARTISTや
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