尾崎亜美さんは、2023年3月に喉の手術を受けています。
歌手にとって、喉の痛みや炎症で、歌えないというのは、本当に辛い事。
夫の小原礼さんと一緒に 病気と戦ったからこそ頑張れた。
また 尾崎亜美さんの透明感のある歌を聴く事が出来るようになって嬉しいですね。
尾崎亜美さんの現在を紐解きたいと思います。
尾崎亜美の現在!

尾崎亜美
尾崎亜美さんは、15年前に発見された(のうほう)で、手術をしないと治らないと診断された事で手術をうけました。
手術後の経過は、すこぶる良好で、主治医の先生に「普通よりも回復が早い」と褒められたとの事。
その後の食事にも気を付けて、順調に回復していったんだよね。
2023年11月に、ラジオ大阪の”OBCラジオまつりふれあい広場2023”で、代表曲の「オリビアを聴きながら」で復活!
今は歌う事の喜びを楽しんでます。
不安と戦う日々!
尾崎亜美さんは、手術後1年経って、術後のリハビリが大変だった事を、尾崎亜美オフィシャルサイトで、「怖かったなぁ。不安定な自分の声に愕然としました」と綴ってました。
声帯周りの筋肉は何種類もあって高音をつかさどる筋肉は一番初めに回復するらしくハミングでは確かにすぐに高い声は出るようになりました。
しかし、そこからが長い道のりでした。
いざ言葉のついた歌を歌ってみてあまりにもコントロールできなくて(特に中音域)ショックでした。
割れる、震える、音程が定まらない、の三重苦。😰
ウォーミングアップに異常に時間がかかる日があったり、すごく気持ち良く歌える日があったり、また戻っちゃったり、それでも前進していると信じて歌い続けました。
確かにピンチでした。
でも諦められなかったです。未来の自分のために手術したんだもの。
© B’s Club Office All rights reserved.からの記事
尾崎亜美を支えた夫!

尾崎亜美と小原礼
身近な人の思いやりや愛情に支えられる事の大きさを感じるメッセージです。
それでも少しずつ「歌を歌える」ようになって来ました。
礼ちゃんがわたしの喉のリハビリ(リハーサル)に参加してくれたことが大きかったと思います。
選曲も工夫して比較的楽に声の出せる曲から始めてハードなものまでトライしました。
だんだん気持ちを込めて歌うことのできる日が増えてきました。
嬉しかったなぁ。🥲
尾崎亜美さんのご主人、礼さんのフォローは大きかったですね。
先生からステージで歌うことが一番のリハビリになるのでどんどん出てくださいねと言われていたのでいろんな考えがあるとは思いましたがLiveには出ることにしました。
覚悟を決めて心を込めて。
あるLiveのあと、あまりにも思うように歌えず落ち込んでいたわたしを見て礼ちゃんはわたしがもう歌はやめると言うのではないかと思ったそうです。
だいぶ後になってから聞きました。
尾崎亜美さんのライブ参加は、主治医の先生がおっしゃるように、私も一番のリハビリになると思います。
夫 小原礼と結婚式!
尾崎亜美さんの夫は、ミュージシャンの小原礼(おばら れい)さん!
礼さんはベーシストとしても有名で、かつてはサディスティック・ミカ・バンドや高中正義さんのバンドなど、数々の伝説的なアーティストと共演してきたんだ。
ふたりは音楽を通じて出会って、2005年に結婚!
1997年1月に、ロスアンゼルスで結婚式!
頼んだ牧師が、まさかのダブルブッキングで、現れなかった為に、列席者の中にいたデーモン閣下、”悪魔”に牧師役を頼んだんだ。
2人は夫婦でライブをしたり、レコーディングでも一緒に演奏したりと、まさに音楽でつながった素敵なパートナーシップだね。
尾崎亜美 公私のバランス!

尾崎亜美
食生活も身体の回復には、大きかったのではと思います。
本の出版!
2007年、プロ並みの料理の腕前を生かした、料理本「尾崎亜美のうちごはん」を講談社より出版。
自身初のグランドプリンスホテル赤坂でのディナーライブに夫の小原礼と共に出演。
2009年、4月にオフィシャルサイトオープンと同時にブログも開設。
また、BS11にて夫の小原礼と共に案内役を務める音楽番組「MUSICA~音のおもてなし~」も開始。(2012年3月まで)
2013年、音楽と食のコラボレーション企画「しあわせな食卓」をホテルグリーンプラザ全国5か所で開催。
ライブと食事及び宿泊がセットになった企画で、ライブ前の食事には尾崎亜美レシピによる料理も提供された。
尾崎亜美さんは、このように音楽と食事、そしてご主人の礼さんとのコラボレーションを楽しんでいます。
凄く充実した日々ですよね。
尾崎亜美のwiki プロフィール

尾崎亜美
尾崎亜美、1957年(昭和32年生まれ)日本のシンガーソングライター。
夫はミュージシャンの小原礼。
京都府京都市出身。
8歳でクラシック・ピアノを習い始める。
16歳になりポップミュージックに興味を持ち、アマチュアサークルに参加しながら、作詞作曲を始める。
中学では、演劇部に参加。
地元ラジオ局・近畿放送の公開オーディション番組に出場。
その後一時期、やしきたかじんのバックバンドでピアノを担当していた事もある。
1976年、シングル「瞑想」で東芝EMIよりデビュー。
芸名の“亜美”はフランス語の”友人”を意味する”ami(amie)”に由来するんだよね。
同年松任谷正隆プロデュースのアルバム「SHADY」を発表!
同年発表されたユーミン本人のアルバム「14番目の月」にコーラスとして参加。
ユーミンとはデビュー時から現在迄、40年以上の交流があり、実の妹のように可愛がられているんだよね。
亜美さんご本人の人柄の良さや温かさを表しているのだと思います。
幅広い音楽仲間と共に、美しい音楽を創り続ける尾崎亜美さんの素敵な生き方に魅了されるのは私だけでは無いと思う。
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