ゴダイゴは、日本テレビ系ドラマ「西遊記」の主題歌で大ヒットを記録してスターダムに!
ゴダイゴの作曲は、ほとんどがタケカワユキヒデさんが作曲している。
アレンジの全てはミッキー吉野さんが行っており、ゴダイゴのプロデューサー的な役割!
そのゴダイゴのベースギターとして支えていたのが、今は亡き浅野孝巳さんです。
ゴダイゴのメンバー タケカワユキヒデさんとミッキー吉野さんと共に
浅野考巳さんとの深い繋がりと想いを紐解きたいと思います。
ゴダイゴのメンバー!

ゴダイゴ
ゴダイゴのメンバー 黄金期のメンバーはこの5人!
- タケカワユキヒデ(ボーカル)
ゴダイゴの顔ともいえる存在!独特の歌声と作曲センスで、数々の名曲を生み出したんだ。 - ミッキー吉野(キーボード)
バンドの音楽的リーダーで、アレンジや作曲も担当。クラシックやジャズの素養があって、サウンドに深みを与えてるよね。 - スティーヴ・フォックス(ベース)
カナダ出身で、英語の歌詞も担当。バンドの国際色を強めた存在! - 浅野孝已(あさの たかみ)(ギター)
テクニカルでメロディアスなギターが魅力。2020年に亡くなったときは、多くのファンが悲しみに包まれた。 - トミー・スナイダー(ドラム)
アメリカ出身のドラマーで、パワフルかつ繊細なプレイが特徴。日本語もペラペラなんだよね。
この5人が揃ったときのゴダイゴは、まさに奇跡のバランスだった。
初期にはマリオ・牧野(ドラム)やスティーヴ・ヘイ(ベース)も在籍していた事もある。
ミッキー吉野(キーボード)
ミッキー吉野さんは、1951年神奈川県横浜市に生まれた。
4歳からクラシック・ピアノを習い始めます。
そしてアメリカ合衆国のバークリー音楽大学を卒業!
ミッキー吉野さん、超名門校を卒業って凄いエリートですね。
音楽プロデューサーとしても一流!
ジャズやクラシックの素養を活かして、他アーティストのサポートや映画音楽の制作もしてるよね。
2022年にはソロアルバム『Keep On Kickin’ It』をリリースして、今も現役バリバリ!
スティーヴ・フォックス(ベース)
一時期帰国してたけど、また日本に戻って活動を再開!
ソロやバンド活動のほか、英語教師やナレーターとしても活躍してるんだ。
トミー・スナイダー(ドラム)
日本に定住して、音楽活動を続けながらテレビやCMにも出演。
日本語もペラペラで、バラエティ番組に出たこともあるよ!
ソロアルバムも出してるし、音楽への情熱はずっと変わらないんだね。
ゴダイゴが出来る迄!
1975年 ミッキー吉野さんとスティーブ・フォックスが在籍していたバンド「ミッキー吉野グループ」!
ソロで活動していたタケカワユキヒデさんがボーカルとして参加!
そして 浅野孝巳さんと原田裕臣さんを誘って「ゴダイゴ」を結成!
1976年にデビューし「GODIEGO」、英語の「GO」生きて、「DIE」死んで、「GO」また生きる。という不屈の精神や輪廻の思想を表しているグループ。
それだけ深いネーミングだったんだよね。
デビュー!

銀河鉄道999
1978年のテレビ番組 日本テレビの「西遊記」で、オープニングテーマ「モンキーマジック」、エンディングテーマ「ガンダーラ」を発表!
2曲同時に7週間にわたりトップ10にランクインしたんだ。
1979年に、ユニセフ国際児童年協賛局の「ビューティフル・ネーム」
同名映画の主題歌「銀河鉄道999」
西遊記Ⅱのエンディングテーマ「ホーリー・アンド・ブライト」を発表!
所属した日本コロンビアの経常利益は、前年の倍増で、47億円に上がった。
倍以上の経常利益なんて本当に凄い!
とても口ずさみやすく本当にいい曲だよね。
ゴダイゴ ボーカルのタケカワユキヒデ!

ゴダイゴ
タケカワさんは、その後ソロ活動を中心に、作曲家としても大活躍している。
アニメ『銀河鉄道999』や『ガンダーラ』などの名曲を手がけたのは有名!
その後もアイドルやアニメソング、CMソングなど幅広く提供してるよね。
タケカワユキヒデさんは、1952年埼玉県浦和市に生まれ、5歳からヴァイオリンを、10歳から作曲を始めているという実力者。
娘さんのタケカワ・ユキ(Yuki)さんも歌手として活動してたんだ。
浅野孝巳を偲ぶ!
タケカワユキヒデさんと浅野さんは「ゴダイゴ」メンバーとして以上に親交が深かった。
ソロ活動でもタケカワユキヒデさんと浅野孝巳さんのコンビで活動!
タケカワさんは浅野さんが亡くなられた時も「大切な仲間だった」とコメントを発表している。
この一言に悲しみの深さを感じるよね。
ゴダイゴのギタリスト浅野孝巳!

ゴダイゴ
ゴダイゴのギタリスト浅野孝巳さんは、2020年5月に虚血性心不全で倒れ、都内の自宅で亡くなってしまった。
68歳でした。
浅野さんは、立教小学校5年からギターを始め、私立聖学院高校に入学後、萩原健一さんと知り合いになる。
ザ・テンプターズがレギュラー出演していたディスコに浅野さんも出演するようになるんだ。
浅野さんは中学2年にしてセミプロのギタリストとして活動を始めている。
浅野さんは高校を辞めて、16歳でプロのギタリストとなるんだ。
ミッキー吉野さんは「ザ・ゴールデン・カップス」時代から、浅野さんの実力に一目置いていた。
米国留学から帰国してすぐに浅野さんをバンドに誘ったんだ。
ミッキー吉野も!
タケカワユキヒデさんのソロコンサートのバックバンドを務めていたミッキー吉野グループ!
渋谷公会堂で開催されていたツアーの最終日に突如参加した浅野さんが、たった1日で20曲を超える演目をすべて習得したことに驚いた。
浅野さんが小学5年生の時からギターを始めて、その技術を突き詰めて行った実力って、本当に凄いですね。
浅野さんは、日本でまだあまり知られていなかったギターシンセサイザーを取り入れるなど、バンドの洗練されたサウンドの屋台骨だった。
ミッキー吉野さんは、浅野さんと一番長い付き合いをしていたんだ。
浅野さんが亡くなられた時も、ミッキー吉野さんは「悲しいの一言。悲しくてやりきれません。」とコメントしている。
最後迄お読み頂きありがとうございます。
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