竹内まりやさんと山下達郎さんは、日本の音楽業界で活躍するシンガー・ソングライターです。
それぞれがシンガーソングライターとして、また音楽プロデューサーとして活動しています。
2人は1982年に結婚し、音楽業界きってのおしどり夫婦として知られていますよね。
そんな竹内まりやさんと山下達郎さんが、卒婚から離婚では?とネット上で騒がれていました。
そんな2人の結婚の馴れ初めと離婚?という噂に繋がる”卒婚”を紐解きます。
竹内まりや 山下達郎の馴れ初め!

竹内まりやさんと達郎さんとの出会いは、達郎さんが所属していたバンド、シュガー・ベイブのファンだったことから始まりました。
初対面では、2人とも印象が悪かったようです。
竹内まりやさんは、最初に会った時に達郎さんに説教され「嫌な感じ」と思ってしまいました。
山下さんが、初対面で説教するなんて、どんな内容だったのでしょうか。
そのため、2人はお互いの印象が悪かったんです
そして 1978年に竹内まりやさんがデビューする時に、曲を提供してくれたのが同じ事務所の達郎さんでした。
そんな音楽的な繋がりから徐々に2人は、親しくなっていきました。
デビュー後の悩み
デビューした頃に、右も左も分からずにいた竹内まりやさんは、アイドル的な扱いに対する強い違和感等を感じていました。
まりやさんは、自分自身のイメージ作りや事務所との契約、金銭の事まで、分からない事だらけでした。
そんな状況を、達郎さんは先輩として優しく手助けしてくれたそうです。
touko達郎さんはやっぱり優しいですね。
山下達郎に惹かれた理由
まりやさんが、アン・ルイスの「リンダ」という曲を作っている時に、達郎さんがコーラスを手伝いに来てくれたそうです。
達郎さんが仕事で立て込んでいたにもかかわらず、徹夜で1人多重のコーラスをずっとやってくれたそうです。



達郎さんの事が、気になり始めたきっかけになった!
この姿を見て、「あぁ~この人誠意があるな」と思ってそんな山下達郎さんの仕事への向き合い方に惹かれ、お付き合いが始まったそうです。
今だにお互いが、尊敬し合っているのが伝わってきますね。
竹内まりやと山下達郎の結婚


竹内まりやさんには楽曲提供だけでなく、達郎さんと関わる機会が多くなる中で、達郎さんと懇意となっていきました。
結婚のおよそ2年前から山下さんのマンションで同棲生活を送りはじめます。
1982年、まりさんが27歳の時に達郎さんと、東京・六本木にある出雲大社で結婚式を挙げました。
達郎さんは「結婚式は、ライブより緊張した」と述べています。
達郎さんは、本当に緊張したのが伝わってきますね。
2022年4月6日に、結婚40周年(ルビー婚)を2人は迎えました。
結婚40周年って、凄い長い間 信頼関係を持ち続けている素敵な関係ですね。
事務所の設立!
1984年、後に夫婦共同の事務所として、「テンダベリー&ハーヴェスト」を設立。
竹内まりやさんが移籍し、第一弾アルバム「VARIETY」をリリース!
まりやさんが、81年の休止活動から2年半、結婚前から書き留めていた曲の発売です。
達郎さんがアルバム化を提案し、全曲まりやさんのオリジナル曲による初のアルバム。
この復帰作で、竹内まりやさんはアルバム・チャート1位を記録。
まりやさんの楽曲アレンジとプロデュースは、以後 達郎さんが全部手がけるようになります。
達郎さんの生真面目さ!それが凄く良い形で発揮されてますよね。
竹内まりやのWikiプロフィール
- 生まれ:1955年3月(71歳)本当に素敵に歳を重ねていますね。
- 身長:169センチ
- 配偶者:山下達郎(1982年に結婚)
- 学歴:慶應義塾大学卒(英米文学を専攻)
実家は老舗旅館!
まりやさんの実家は、出雲大社にある(明治10年創業)145年の老舗旅館「竹野屋旅館」で、父親は4代目 竹内繫蔵。
この旅館は、皇族や著名人が訪れる格式のある旅館(兄が継いだ事で経営が悪化)です。
この「竹野屋旅館」を、まりやさん自身が役員に入って建て直しました。
まりやさんは、2男4女における三女・第4子で生まれています。
145年続いた由緒ある格式高い旅館を、”自分の代で潰す訳にはいかない”といった思いだったんでしょうね。
山下達郎のWikiプロフィール
- 生まれ:1953年2月(73歳)
- 居酒屋を経営していた両親の間に生まれた達郎さんは、一人っ子として育ちました。
そして 都立の進学校に入学できたご褒美に、ドラムセットを親に買って貰います。 - 学歴:1972年明治大学法学部へ入学するが、3ケ月で中退!
達郎さんの誕生を機に父親は転業を決意します。
祖父が経営していましたが、倒産した工場を引き継ぐ形で再興を図るためです。
でも不景気の煽りを受けて再度 倒産してしまいました。
達郎さんは、池袋のアパートで共働き夫婦の元でカギッ子として育ちます。
小学生時代は、宇宙と読書が大好きな典型的優等生タイプの達郎さん。
児童会役員にも選出されていたそうです。
友人の影響でベンチャーズを聴いたきっかけに洋楽を聴くようになったそうです。
高校時代の達郎さんは、国立一期校の受験一辺倒の中にあり、どうしても学校になじめなかったそうです。
竹内まりやと山下達郎は離婚?


事の発端は、2020年に週刊誌が報じた、達郎さんの知人への一言「卒婚ってどう?」という問いかけでした。
この言葉をきっかけに、ネット上では「ついに2人も別居?」「まさか離婚?」といった憶測が一気に拡散。
実際に2人の間で何か大きなトラブルがあったわけではありません。
むしろこの発言は、夫婦としての関係性が“次のフェーズ”に入ったことを示す、非常に成熟した問いかけだったと思います。
離婚という形では無い、2人の卒婚の新しい関係性への構築でした。
竹内まりやと山下達郎「卒婚ってどう!」


卒婚の定義
卒婚(そつこん)とは2000年代以降の日本における夫婦生活の新しい形態の一つで、婚姻状態にある夫婦が互いに干渉することなく個々の人生を歩んでいくという生活形態のことである。
出典元 『ウィキペディア(Wikipedia)』
これからの新しい時代のいい夫婦関係だと思います。
お互いに、自分の今の 目の前のやるべき事を精一杯こなしていく在り方。
達郎さんは、音楽プロデュースやライブ活動を精一杯実施。
まりやさんは、実家の出雲の「竹野屋旅館」の建て直しや、娘やお孫ちゃんとの関わり。
お互いの空気を感じながら、お互いに干渉しない自由な生き方ですね。
2人の関係は”卒婚”という形に、進化させたのだと私は思います。
お互いに、仕事の充実感と信頼関係がないと、愛のない空虚な関係になってしまいます。
竹内まりやさんと山下達郎さんの夫婦関係は、愛に満ちた信頼の上に成り立っています。
だから多くのファンから尊敬と憧れの眼差しで見守られ愛されているんですよね。
2人のブレない生き方だからこそ 出来る愛の形だと私は思います。
信頼のバランス
音楽に人生を捧げる2人にとって、「夫婦であること」よりも「アーティストとしての信頼関係」の方が重要だったのがわかるコメントが有ります。
- 山下さんはまりやさんのボーカルを「誰よりも信頼している」と公言!
- まりやさんは「達郎のプロデュースがなければ今の私はない」とコメント!
互いが最大の理解者であり、クリエイティブな関係性の延長線に「夫婦」という立場がある関係が凄く素敵ですね。
まとめ


日常生活では、理詰めで話す議論はあっても、お互い平和好きでケンカにならない相性がまりやさんと達郎さんです。
唯一新婚の頃に、「犬を飼うか飼わない」のケンカをしたそうです。
それぐらい仲がいい穏やかな家庭なんですね。
お二人の小さい頃の愛情に恵まれた育ちの良さを感じるエピソードですね。
これからも、卒婚といういい形でお二人の関係を進化させて行ってほしいと思います。
達郎さんと共に、竹内まりやさんファン歴40年の私は、まりやさんのように美しく生き歳を重ねたいです。
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