あの圧倒的な歌唱力を持っている高橋真梨子さんって知ってるかなあ?
「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」などのヒット曲を生み出した「ペドロ&カプリシャス」のボーカルとして、バラードを中心にした深みのある歌声を披露してくれていた歌手なんだよね。
その後、ソロ活動に転じてからも、高橋真梨子さんの圧倒的な歌唱力は、私達を魅了し続けて続けており、世代を超えて支持されているんだ。
2024年の「ラストツアー」と銘打った全国公演も話題になって、長年の音楽活動を締めくくる節目として注目!
そんな高橋真梨子さんの癌の噂などの病気や引退したのか?などの情報を紐解きたいと思います。
高橋真梨子は病気なの?癌の噂は本当?
高橋真梨子さんは近年、健康面でいくつかの困難を抱えているとの事!
かつて急性腎盂炎で入院したことがあり、退院後も精神的に落ち込む時期があったよう!
腎臓系の疾患って精神的な元気!みたいなものが低くなってしまうんだよね。私も経験がある。
激やせが話題となり、一部ではがんの噂も流れたんだけど、、、、。
更年期障害やうつ病なども経験しており、体重が30kg台まで落ちた時期もあったよう!
これであの歌唱力は凄いよね。
真梨子さんの音楽と人生に対する姿勢は、まさにプロフェッショナルの鏡!だと私は思う。
高橋真梨子の癌の噂は?
高橋真梨子さんの「がん」の噂は、主に2016年の紅白歌合戦で見せた激やせした姿がきっかけで広まったよね。
しかし、信頼できる情報によると、癌ではなく重度の更年期障害や自律神経の乱れが原因だったらしい。
激やせの背景は、体重が一時期33kgまで落ちた事で、ファンの間で心配の声が上がったんだよね。
食欲不振や精神的な不調が重なり、うつ状態に陥った時期もあったみたい。
でも、夫のヘンリー広瀬さんが支えとなり、徐々に回復したとの事!
健康面では一時期更年期障害や激ヤセが報じられたけど、現在は回復し、趣味のゴルフも再開されるなど元気な様子が伝わって来てるよね。
やっぱり、支えになる夫の力は、病気を回復するには大きいよねぇ。
高橋真梨子の癌の事実!
一部メディアでは「がん闘病中」「両足切断」といったセンセーショナルな報道もありましたが、信憑性には疑問が残るよね。
現時点で高橋真梨子さん自身や公式な発表で「がん」と診断されたという事実は確認されていない。
噂に惑わされず、高橋真梨子さんの音楽と生き方を尊重したい。
高橋真梨子の引退の真相は?
全国ツアーは終了しましたが、ディナーショーなどの活動は継続しており、完全な引退ではない!
高橋真梨子さんの現在の活動状況!
夫・ヘンリー広瀬さんの支えもあり、無理のない範囲で音楽活動を続けている。
ディナーショーの開催
ファンとの距離が近いディナーショーを中心に活動中。豪華な料理とともに、圧巻のステージを披露している。素敵な空間だよね。
ラジオ出演
TBSラジオなどに出演し、過去の名曲やアルバムの紹介を行っているよね。
ファンクラブ運営
「ペーパームーン」から「高橋真梨子大辞典」へと形を変え、ファンとの交流を続けているから嬉しいよね。
YouTubeチャンネル運営
ライブ映像などを中心に動画を投稿し、オンラインでも繋がっているから嬉しい!
高橋真梨子さんの思いとファンの思いは、「歌は私の生きがい」と語っており、歌うことが健康回復のモチベーションにもなっているとの事。
ファンからは「無理せず頑張って」といった温かいメッセージが寄せられているそう!
「歌うことが生きがい」と語っている高橋真梨子さん、ファンとのつながりを大切にしている姿勢がとても印象的だよね。私も応援してます。
高橋真梨子のラストコンサートが感動!一区切り?
高橋真梨子さんは「EPILOGUE」ツアーをもって、46年にわたる歌手人生に一区切りをつけましたが、「引退とは言いません。いつかまた…」という言葉に、ファンへの深い愛と希望が込められていたと、私は思う。
高橋真梨子さんのラストコンサートは、故郷・福岡で開催され、感謝の言葉を何度も繰り返しながら、名曲「The Road」で締めくくられたんだよね。
その歌詞には「いつでも感謝してる みんなに感謝してる」とあり、まさにファンとの絆を象徴する瞬間だったよね。
まさに感動のフィナーレ!だった!
高橋真梨子のWikiプロフィール
- 本名:広瀬まり子(旧姓:髙橋)
- 生年月日:1949年3月6日(76歳)
- 出身地:広島県廿日市市(育ちは福岡市)
- 身長:155cm
- 血液型:A型
- 活動開始:1966年
- 代表曲:「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」「桃色吐息」「for you…」「ごめんね…」など
- 所属グループ:ペドロ&カプリシャス(二代目ボーカル)
- 配偶者:ヘンリー広瀬(ミュージシャン)
- 公式ファンクラブ:高橋真梨子 大辞典
高橋真梨子さんの人生は、「音楽とともに歩んだ情熱と苦労の物語」のようだな!と私は思う。
高橋真梨子の幼少時代の思い出は?
高橋真梨子さんの幼少期は、華やかなステージとは対照的に、非常に複雑で厳しいものだった!
高橋さんの幼少期は広島で生まれ、ジャズマンだった父と、複雑な家庭環境の中で育ったそう!
母親との関係は難しく、父親とは病気を機に別居し、その後37歳で亡くなってしまったそう。
真梨子さんが15歳の時にその訃報を受け取った。
父親は原爆の被爆者であり、後遺症に苦しんだ末に両足の切断を余儀なくした壮絶な人生だった。
こうした経験が、真梨子さんの心に深い影を落としてしまったけど、そんな苦しい日々の中で、真梨子さんを救ったのが「歌」だった。
父親が残したジャズへの情熱が、真梨子さんの音楽の原点になっているんだね。
真梨子さん自身、「口では言えない人生だった」と語るほど壮絶な過去を持ちながらも、音楽に出会うことで自分を取り戻していったそう。良かった!
心に何を持つかで、人生が全く違うものになるんだね。
幼少期のトラウマは長く真梨子さんの中に残り続け、「体の中では時は過ぎてない」と語るほど、心の奥深くに刻まれていたよう。苦しかったね。
それでも、歌うことによって少しずつ癒されていった真梨子さんの姿は、私や多くの人に勇気を与えてくれる。
高橋真梨子さんの歌声には、こうした人生の深みが宿っているからこそ、聴く人の心に響いてくるんだよね。
高橋真梨子さんの幼少時代からの人生の経験が、”高橋真梨子の歌”を聴く事で、私達の心に響いてきます。
シンシンと心に入ってくる高橋真梨子さんの歌を、今後もリスペクトして行きたい。