浜崎あゆみさんは、1998年にデビューして以来平成を代表するアーティストであり、日本の歌姫!
浜崎あゆみさんの「M」は、2000年にリリースされた切ないバラードです。
あゆ自身が初めて作詞・作曲を手がけた楽曲!
「M」の歌詞はすべて自分で書いていて、松浦さんへの想いを込めたラブレターなんです。
あゆの歌詞って、愛や孤独、強さを繊細に描いていて、聴くたびに心が揺れる曲ですよね。
「あゆ」を売り出した松浦勝人氏との馴れ初めと別れの曲でもある「M」。
あゆの「M」に込めた思いを紐解きたいと思います。
浜崎あゆみと松浦勝人の 馴れ初めは?

浜崎あゆみさんと松浦勝人さんの馴れ初めは、まるでドラマみたいな運命の出会いでした。
1995年、浜崎さんがまだ17歳の女子高生だった頃です。
六本木のディスコ「ヴェルファーレ」のVIPルームで、顔馴染みの紹介を通じて松浦さんと出会いました。
松浦さんはエイベックスの専務で、浜崎さんはサンミュージック所属の売れないアイドルです。
松浦さんはあゆに一目惚れ!
「俺がお前を歌手にする!」って熱烈アプローチをかけました。
その後、浜崎さんは高校卒業を機にエイベックスに移籍します。
ニューヨークでのレッスンを経て、1998年に「poker face」でデビュー!
この曲「poker face」初登場はオリコン20位でしたが、累計で4.3万枚の売り上げを記録しました。
凄い反響でしたよね。
松浦勝人の戦略
松浦さんは当時、小室さんなしでavexを自立させる事を考えていた時でした。
松浦さん自身でアーティストをプロデュースさせる必要があったのです。
小室氏が抜けていく穴を急速に埋めていく必要があった!と松浦さん自身が振り返っていますね。
そして、ELTをデビューさせた後の次のアーティストがayuでした。
1990年代後半、あゆはまだ無名の存在です。
松浦さんはあゆの“言葉の力”と“存在感”にピンときて、「この子は絶対にスターになる」と確信していました。
でも松浦さんは、テレビ局の友達からも「売れないからやめとけ」とか、業界の先輩からも「スポンサー受けする顔じゃない」とか言われていたそうです。
あゆの評価は散々だった!と振り返っていますね。
その悔しさをバネにするしかないと、自分に言い聞かせて動いていました。
ならば、「世の中の人の好みまで変えてしまえと当時は思っていた」と松浦さん。
松浦さんが浜崎あゆみさんをエイベックスで売り出した戦略は、まさに“情熱と直感の勝利”ですね。
松浦さんのプロデュースは、まるで水が岩を削るような粘り強さでした。
松浦さんは、あゆの歌詞に彼女自身の言葉を使わせ、ビジュアルも徹底的にセルフプロデュースさせます
つまり、“浜崎あゆみ”というブランド”を、本人の感性と松浦さんの戦略で一緒に築き上げました。
CDのジャケット、MV、ライブ演出、すべてが“あゆらしさ”を貫いていました。
松浦さんはあゆのことを「自分の分身」とまで言ってた事もあります。
2人は深い信頼と絆だったのですね。
そして2人は、才能も同じようにあったんですね。
まるで水と器のように、あゆの才能を松浦さんが受け止めて、形にしていったという事ですね。
松浦勝人は結婚していた
浜崎あゆみさんと松浦勝人さんが初めて出会った1995年当時は、松浦さんは原口香さんと結婚していました。
その後、1996年に離婚します。
あゆは最初から松浦さんに好意を抱いてたけど、既婚者だったから気持ちを隠していました。
離婚後にFAXで気持ちを伝えて、そこから交際がスタートします。
松浦さんは翌日、あゆの母親に「真剣です!」と交際宣言までしちゃいました。
toukoなんだかドラマの展開のような流れですね。
浜崎あゆみと松浦勝人の別れた理由は?


二人はしばらく同棲していましたが、1999年頃から関係に変化が訪れ、やがて破局へ向かいます。
でもその想いは、あゆの楽曲にたくさん込められていて、「M」はまさにその象徴曲。
あゆと松浦勝人さんの別れの理由は、すれ違いと誤解が大きかったようです。
松浦さんは、音楽業界の激務や精神的な疲れから限界にきていました。
仕事や心の疲れから「もうダメだ」と感じて、心を休める為にハワイに移住したそうです。
その決断をあゆにきちんと伝えずに。
あゆは突然の距離にショックを受けて、「捨てられた」と感じてしまいました。
後になって松浦さんは「捨てたつもりなんてなかった」と語っています。
実はお互いに「終わった」と思っていた理由が違っていて、20年以上経ってからそのズレに気づいたそうです。
二人の間には深い誤解があったんですね。
ただの誤解では済まされないとは思いますが。
心のタイミングが合わなくなってしまった…そんな切ない別れでした。
同じ流れの中でも見ている景色が違っていたんですね。
水のように、器の形によって形状が変わっても、心に残る想いはあるんですね。
浜崎あゆみ「M」にかけた想い


あゆが「M」に込めた想いは、まさに“人生に一度の大恋愛”!
その記憶と痛みを、音楽という形でそっと包み込んだものだと私は思います。
この曲は、あゆが初めて作詞・作曲を手がけた楽曲です。
当初は「MARIA(聖母マリア)」を象徴するものとされていました。
2019年の自伝的小説『M 愛すべき人がいて』によって、実は「M」は松浦勝人さんのイニシャルだったことが明かされました。
あゆは携帯の電話帳に松浦さんを「M」と登録し、深く想いを寄せていたんです。
歌詞には、恋の始まりの激しさと、終わりの静けさが対照的に描かれています。
「理由なく始まりは訪れ、終わりはいつだって理由をもつ…」というフレーズです。
あゆの切ない覚悟が にじんでるのを感じますよね。
恋が壊れても、それを大切に抱えて生きていく…そんな強さと儚さが混ざり合っている切ないこの曲。
そしてミュージックビデオでは、白いドレスの“純粋な愛”を象徴するあゆ!
黒い衣装の“現実と痛み”を背負ったあゆ!が登場して、心の中の葛藤を表現していますよね。



まさに公開ラブレターのような一曲。
水のように流れていく時間の中で、あゆはその恋を歌にして、永遠に残したんですね。
有難うございました。
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浜崎あゆみ Wiki的プロフィール


- 本名:濱﨑 歩(はまさき あゆみ)
- 生年月日:1978年10月2日(現在47歳)
- 出身地:福岡県福岡市早良区
- 血液型:A型
- 身長:157cm
- 所属事務所:エイベックス・マネジメント
- デビュー:1998年4月8日、シングル「poker face」でソロ歌手としてデビュー
あゆは身長157センチとされていますが、昔のインタビューでは「151センチしかない」と言っていました。
ファッションやライブ演出にもこだわり抜いていて、まさに“セルフプロデュースの女王”って感じです。
水のように時代に合わせて姿を変えながら、ずっと輝き続けてる存在だと私は思います。


まとめ


今年4月8日にはデビュー27周年を記念して新曲「mimosa」をリリース!
あゆは、松浦さんとの「出会いと別れ」から、強く大きく自分をプロデュースしてきたアーチストです。
切なさと力強さが混ざった “これぞayu” という永遠の歌姫!
そんな あゆをこれからも注目しリスペクトして行きたいと思います。
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