矢沢永吉さんは、日本のロック界を代表するカリスマです。
1970年代にバンド「キャロル」でデビューしました。
永ちゃんはソロとしても圧倒的な人気で、ライブは“伝説”と称されています。
武道館公演は157回という驚異的な記録!
そんな 矢沢永吉さんにとって、嫁のマリアさんの存在はとても大きいですよね。
矢沢さんが35億円の借金を完済出来たのは、マリアさんの支えがありました。
そんなロックンローラーの矢沢永吉さんとマリアさんを紐解きたいと思います。
矢沢永吉の年齢と出身は?

矢沢永吉さんは、1949年9月14日生まれで、現在77歳のロックンローラーです。
出身は広島県広島市南区仁保(にほ)です。
港町の空気を感じながら育った矢沢さんは、その頃の経験がえいちゃんの音楽や生き様に影響を与えています。
矢沢さんが語る「成り上がり」精神は、広島での少年時代から今も続いますよね。
夢を追いかけて上京し、「キャロル」でデビュー、そしてソロとしての伝説的な活躍をしています。
矢沢永吉の嫁のマリアの存在

マリアさんは、矢沢さんの77歳という年齢より2~3歳下と言われていますが、正確な年齢は公表されていません。
矢沢さんとマリアさんは、年齢が近いようですね。
マリアとは2度目の結婚
矢沢永吉さんとマリアさんはお互いに再婚同士でした。
まさにこれから人生の“運命的”なストーリーがはじまります。
出会いは1977〜78年頃。場所はロサンゼルス説と青山のバー説の2つがあります。
どちらも“矢沢さんらしい”舞台ですよね。
当時、矢沢さんはすみ子さんと婚姻中で、マリアさんも前夫(ファッションデザイナー)と生活していました。
マリアさんはアメリカ人クォーターの元モデルです。
最初は「良き相談相手」だったマリアさんが、徐々に矢沢さんの心の支えになっていったようです。
すみ子さんとの婚姻中にマリアさんとの間に子供が生まれてしまい、これが離婚のきっかけになりました。
1989年にすみ子さんと離婚後、翌1990年にマリアさんと再婚。
式はアメリカ・カリフォルニア州で挙げました。
マリアは実業家
マリアさんは元モデルですが、飲食店経営もしていたのやり手実業家です。
料理上手で家庭的な一面もあり、矢沢さんから見たらマリアさんは、凄く魅力的だったでしょうね。
マリアさんと矢沢さんとの結婚生活は、35年以上連れ添っています。
矢沢さんの人生の“第2章”を共に歩んできたマリアさん。
マリアさんは表舞台には出ませんが、矢沢さんの音楽と生き方を支える大切な存在ですね。
マリアとの間に3人の子供!
お子さんは、息子2人(優輔さん・大輔さん)娘 洋子さんの3人です。
ふたりの間には深い絆がありますね。
長年連れ添って、矢沢さんの激動の人生を一緒に乗り越えてきたパートナーのマリアさん。
touko永ちゃんの人生に、マリアさんは無くてはならない存在!
矢沢永吉35億の借金!


1998年、矢沢さんが35億円の詐欺被害に遭った際に、マリアさんが精神的に支え続けました。
このマリアさんの支えは大きかったですね。



まさに“ヤザワ伝説”の始まり!
矢沢永吉さんがオーストラリアでのスタジオ建設で横領され、約35億円の借金を背負ったのは1998年でした。
これはオーストラリア犯罪史上2番目の被害額との事。
そのときの矢沢さんの精神的な苦しみは計り知れず、矢沢さんは「もうダメだ」と思った瞬間が何度もあったそうです。
矢沢さんが酒に溺れていた時期に、マリアさんの言葉で矢沢さんは蘇りました。
「もうお酒は十分飲んだでしょう? 本気を出せば、あなたならこの額を返済できるわ」
この一言が、矢沢さんの心に火をつけたと言っています。
矢沢さんは、「これはまるで映画のワンシーンだ」と感じ、そこから立ち上がる決意をマリアさんのこの言葉で固めたそうです。
マリアという実業家
矢沢さんを支えたのは、”ヤザワ魂”だけではなく、マリアさんが「大変なお金だけど頑張ろうよ」という言葉が矢沢さんの背中を押しました。
マリアさんは、元モデルでありながら実業家としても成功している信念のある芯の強い女性。
ただの励ましではなく、現実的な視点と信頼に満ちた言葉が、矢沢さんの心に火を付けました。
この言葉がなければ、矢沢さんの伝説の返済劇は始まりませんでした。
まさに、マリアさんのこの言葉は人生のどん底で差し伸べられた”救いの手”でした。
マリアさんの矢沢さんへのその一言「あなたなら返せるよ!」
矢沢さんも「よし、返すよ!」と覚悟を決めた瞬間でした。
そして矢沢さんはその借金を6年かけて完済!
と報道されていますが「実際は15、6年かけて返済していた」と後に語っています。
自己破産せずに返し切ったことで、世間の見る目も変わり「ヤザワ、やるねぇ」と称賛されましたよね。
マリアさんの存在が、矢沢さんにとって、ただの伴侶ではなく“人生の伴走者”なんですね。
矢沢永吉のもう一つの伝説


1回目の結婚相手のすみ子との出会い
1972年、矢沢さんが23歳、すみ子さんが20歳の頃に、ディスコのバンド演奏していた店で、客として訪れていたすみ子さんに矢沢さんが一目惚れ!
その夜、矢沢さんは「結婚前提で付き合ってくれ」と告白し、すぐに同棲が始まりました。



すぐ同棲って早すぎませんか?
そして1972年、22歳のときに銀行員のすみ子さんと結婚!
当時の矢沢さんは無名でお金もなく、結婚指輪は矢沢さんの母親が買ってくれたそうです。
出会って2ヶ月で結婚するという“秒殺の一目惚れ”だったなんて、凄いストーリーですよね。
矢沢さんの言葉が凄い!
「ディスコに来たマブイ女、それが女房だった。結婚前提でつきあってくれ。出会ったその夜に言った。同棲が始まった」
その後キャロルでブレイクし、すみ子さんとの生活が矢沢永吉さんのの原動力になったのは間違いないですね。
離婚へ
矢沢永吉さんとすみ子さんは1989年に離婚します。
理由はマリアさんとの不倫で、後に慰謝料としてポルシェ3台分(約4500万〜6000万円)を支払ったという逸話も残っていますよね。
矢沢さんとすみ子さんの結婚生活は、17年で終止符が打たれました。
離婚後も!
離婚の理由は、音楽活動への没頭と価値観のすれ違い、そしてマリアさんとの関係です。
離婚後も矢沢さんはすみ子さんを関連会社の役員として留めるなど、一定の関係を保ち続け生活の保障を心配したのは、流石だと思います。
矢沢さんの愛した人への深い想いなんでしょうか。
すみ子さん 死去!
2008〜2009年頃に亡くなったようです。
公式には発表されていません。
この時、矢沢さんはメディア出演を控えていたようです。
ファンの間では「すみ子さんの死去が影響したのでは」と噂されていました。
矢沢さんの回想に滲む澄子さんへの後悔と感謝の気持ちが!
「何度も戻りたいと思った。川崎で肩寄せ合って暮らしていたあの頃が、最高だった」
この言葉からも、すみ子さんとの日々が矢沢さんの人生にとってどれほど大切だったかが伝わってきますよね。
矢沢さんは、前妻のすみ子さんへの感謝を公言していて「何度も戻りたいと思った」と語るその正直な人間味が、矢沢さんの魅力ですよね。
音楽の成功の裏で、支えてくれた人への深い思いや、矢沢さんの愛を感じますね。
まとめ
矢沢さんの35億円の借金返済の経験で、大きくビジネスマインドが身に付きました。
著作権ビジネスの確立や電子チケット導入など、全て自分の会社で一括管理しています。
矢沢さんは「夢だけじゃ駄目!」と語り、欲と直感のバランス感覚を持って時代を読む力が必要である事を強調。
特に著作権に関しては、業界のタブーを打ち破るような姿勢で、自身の権利をしっかり守るビジネススタイルを築いてきました。
矢沢さんの公式サイトでは、著作権・肖像権・パブリシティ権・商標権などの権利を厳格に管理し、無断使用には法的措置も取る方針を明示しています。
矢沢さん自身が使っていた”E・YAZAWA”のロゴデザインのタオルのグッツ販売など、先駆者的ビジネスを始めました。
あの時代はアーティストがそこ迄出来ない事を矢沢さんは切り開きました。
まさに“YAZAWA流”のセルフブランディングと権利意識の高さが光ってます。
矢沢永吉さんの35億完済という経験と、マリアさんは矢沢さんにとって大きな存在ですね。



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