矢沢永吉さんは、日本のロック界を代表するカリスマである。
1970年代にバンド「キャロル」でデビュー!
ソロとしても圧倒的な人気で、ライブは“伝説”と称されているんだ。
武道館公演は157回という驚異的な記録を持っている。
そんな 矢沢永吉さんと 嫁マリアさんの年齢や出身などや
35億円の借金を背負った過去!
そんなロックな矢沢永吉さんを紐解きたいと思います。
矢沢永吉の年齢と出身!

矢沢永吉
矢沢永吉さんは、1949年9月14日生まれで、(2025年12月時点)現在76歳!
出身は広島県広島市南区仁保(にほ)というところ。
港町の空気を感じながら育った矢沢さんは、その頃の経験がえいちゃんの音楽や生き様にも影響してるんだよね。
矢沢さんが語る「成り上がり」精神は、広島での少年時代から始まってるよね。
夢を追いかけて上京し、キャロルでのデビュー、そしてソロとしての伝説的な活躍へ…まさにロックな人生なんだ。
矢沢永吉の嫁 マリアの年齢!

矢沢永吉とマリア
嫁のマリアさんの正確な生年は公表されていない。
同年代か数歳年下で、現在70代前半だと思う。
2回目の結婚相手 マリア!
矢沢永吉さんとマリアさんは再婚同士なんだよね。
まさに“運命的”なストーリー!
出会いは1977〜78年頃。場所はロサンゼルス説と青山のバー説がある。
どちらも“矢沢さんらしい”舞台だよね。
当時、矢沢さんはすみ子さんと婚姻中で、マリアさんも前夫(ファッションデザイナー)と生活していた。
マリアさんはアメリカ人クォーターの元モデル!
最初は「良き相談相手」だったマリアさんが、徐々に矢沢さんの心の支えになっていったんだよね。
すみ子さんとの婚姻中にマリアさんとの間に子供が生まれており、離婚のきっかけにもなったんだ。
1989年にすみ子さんと離婚後、翌1990年にマリアさんと再婚。
式はアメリカ・カリフォルニア州で挙げたんだよね。
マリアさんは元モデルだけど、飲食店経営などもしていた実業家というやり手!
料理上手で家庭的な一面もあるから、矢沢さんから見たらマリアさんは、凄く魅力的に映るのは間違いないよね。
矢沢さんとの結婚生活は、既に35年以上連れ添っている。
矢沢さんの人生の“第2章”を共に歩んできたマリアさんなんだ。
マリアさんは表舞台には出ないけど、えいちゃんの音楽と生き方を支える“静かなロック”のような存在なんだね。
マリアとの間に3人の子供!
息子2人(優輔さん・大輔さん)娘 洋子さん
ふたりの間には年齢以上に深い絆があるよね。
長年連れ添って、矢沢さんの激動の人生を一緒に乗り越えてきたパートナー…
まさに“永ちゃんのロック人生のもうひとつの主役”って言ってもいい。
矢沢の1回目の結婚相手 すみ子さん!

矢沢永吉
1972年、矢沢さんが23歳、すみ子さんが20歳の頃に、ディスコのバンド演奏していた店で、客として訪れていたすみ子さんに矢沢さんが一目惚れ!
その夜、矢沢さんは「結婚前提で付き合ってくれ」と告白し、すぐに同棲が始まった。
出会って2ヶ月で結婚するという“秒殺の一目惚れ”だったなんて、凄いストーリーだよね。
すみ子さんも矢沢さんに、ビビビッと来たんだと私も思う。
矢沢さんの言葉が凄い!
「ディスコに来たマブイ女、それが女房だった。結婚前提でつきあってくれ。出会ったその夜に言った。同棲が始まった」
そして1972年、22歳のときに銀行員のすみ子さんと結婚!
当時の矢沢さんは無名でお金もなく、結婚指輪は矢沢さんの母親が買ってくれたそう。
でもその後、キャロルでブレイクし、すみ子さんとの生活が彼の原動力になったのは間違いないよね。
最初の離婚!
1989年に離婚。理由は不倫とされ、後に慰謝料としてポルシェ3台分(約4500万〜6000万円)を支払ったという逸話も残っているよね。
矢沢さんとすみ子さんの結婚生活は、17年で終止符が打たれてしまったね。
矢沢さんとすみ子さんの離婚後の歩みは、静かでありながらも深い余韻を残すものだと私は思う。
離婚後も!
離婚の理由は、音楽活動への没頭と価値観のすれ違い、そしてマリアさんとの関係だった。
離婚後も矢沢さんはすみ子さんを関連会社の役員として留めるなど、一定の関係を保ち続け生活の保障を心配したのは、流石だと思う。
矢沢さんの愛を感じてしまうのは私だけじゃない。
すみ子さん 死去!
2008〜2009年頃に亡くなったという未確認の情報があるけど、公式には発表されていない。
矢沢さんがメディア出演を控えた時期と重なるため、ファンの間では「すみ子さんの死去が影響したのでは」と噂されていたんだよね。
矢沢さんの回想に滲む後悔と感謝の気持ち!
「何度も戻りたいと思った。川崎で肩寄せ合って暮らしていたあの頃が、最高だった」
この言葉からも、すみ子さんとの日々が矢沢さんの人生にとってどれほど大切だったかが伝わってくるんだよね。
矢沢さんは、前妻・すみ子さんへの感謝を公言しており、「何度も戻りたいと思った」と語るその人間味がまた矢沢さんの魅力なんだよね。
音楽の成功の裏に、支えてくれた人への深い思いや、愛がある!と感じるのは、私だけではないと思う。
矢沢永吉35億の借金!

矢沢永吉
1998年、矢沢さんが35億円の詐欺被害に遭った際も、マリアさんが精神的に支え続けたよね。
まさに“ヤザワ伝説”の一部!矢沢永吉さんがオーストラリアでのスタジオ建設に絡む横領事件で、約35億円の借金を背負ったのは1998年の事だったんだよね。
これはオーストラリア犯罪史上2番目の被害額である。
そのときの精神的な苦しみは計り知れず、矢沢さんは「もうダメだ」と思った瞬間は何度もあったそう。
彼が酒に溺れていた時期、マリアさんはこう言ったそうです。
「もうお酒は十分飲んだでしょう? 本気を出せば、あなたならこの額を返済できるわ」
この一言が、矢沢さんの心に火をつけたと言ってるんだよね。
矢沢さんは「これはまるで映画のワンシーンだ」と感じ、そこから立ち上がる決意を固めた。
矢沢さんを支えたのは、“ヤザワ魂”だけではなく、マリアさんが「大変なお金だけど頑張ろうよ」という言葉が矢沢さんの背中を押したと語っているんだよね。
マリアさんは元モデルでありながら実業家としても成功している芯の強い女性。
ただの励ましではなく、現実的な視点と信頼に満ちた言葉が、矢沢さんの心に火が付いたのだと思う。
この言葉がなければ、矢沢さんの“伝説の返済劇”は始まらなかったんだよね。
まさに、マリアさんの言葉は人生のどん底で差し伸べられた“救いの手”だったんだ。
マリアさんのその一言、「返せるよ!」「 よし、返すよ!」と覚悟を決めたと矢沢さんは振り返っている。
そして矢沢さんはその借金を6年かけて完済と報道されているが、「実際は15、6年かけて返済していた」と後に語っている。
自己破産せずに返し切ったことで、世間の見る目も変わり「ヤザワ、やるねぇ」と称賛された。
マリアさんの存在が、ただの伴侶ではなく“人生の伴走者”だったというのが、なんとも胸を打つ瞬間だったよね。
失敗を乗り越えた男の背後には、静かに支える強い女性がいた——そんな物語を感じる。
ビジネスマインド!
矢沢さんは、著作権ビジネスの確立や電子チケット導入など、全て自分の会社で一括管理している。
矢沢さんは「夢だけじゃ駄目!」と語り、欲と直感のバランス感覚を持って時代を読む力が必要である事を強調しているよね。
特に著作権に関しては、業界のタブーを打ち破るような姿勢で、自身の権利をしっかり守るビジネススタイルを築いてきた所が本当に凄い!
矢沢さんの公式サイトでは、著作権・肖像権・パブリシティ権・商標権などの権利を厳格に管理していて、無断使用には法的措置も取る方針を明示してるんだ。
矢沢さん自身が使っていたE・YAZAWAのロゴデザインのタオルのグッツ販売など、先駆者的ビジネスを始めたのも矢沢さん!
あの時代はアーティストがそこ迄出来ない時代!
そこを立ち上げ成功させる事が出来た、矢沢さんのビジネスマインドは本物だなあと本当に思う。
このあたり、まさに“YAZAWA流”のセルフブランディングと権利意識の高さが光ってる!と私は思う。
矢沢永吉さんの伝説の一部、愛に溢れる矢沢永吉さんのロック魂に、心を揺さぶられるのは、私だけじゃないと思う。
こちら 関連記事!



