南佳孝さんは日本のシンガーソングライター!
南佳孝さんの「モンロー・ウォーク」を「セクシーユウ」としてもカバーされている。
「モンロー・ウォーク」は、都会的な夏のイメージ!
素敵な曲ですよね。
南佳孝さんと杉山清貴さんの関係はどのような関係なんでしょうか。
音楽業界で今も活躍する南佳孝さんをリスペクトし、紐解きたいと思います。
南佳孝の「モンロー・ウォーク」!

南佳孝
「モンロー・ウォーク」は、南佳孝さんが1979年にリリースしたアルバム『SPEAK LOW』に収録されている名曲!
作詞は来生えつこさん、作曲は南佳孝さん自身で、編曲が坂本龍一さんという豪華な顔ぶれのメンバーで作られた曲!
モンローウォークが出来た経緯!
ジャンルは、ニューミュージック、シティ・ポップ!
南佳孝さんによると、「風呂上がりに15分ぐらいでできた曲」との事。
それにしても、風呂上がりに15分で「モンロー・ウォーク」の曲が出来るなんて凄い才能ですね。
発売当初に作られた「モンロー・ウォーク」のPVは海辺のシーンでノリノリに仕上がっていて最高だったんだ。
都会的で洗練されたメロディと、どこか切なさを含んだ歌詞が印象的な曲。
後に郷ひろみさんがカバーして大ヒットしたことでも知られてるんだよね。
郷さんのバージョンは1980年にシングルとしてリリース!
よりポップで明るい雰囲気にアレンジされてるよね。
南さんのオリジナルはもっと大人のムードが漂ってるんだよね。
「モンロー・ウォーク」ってタイトルも粋だよね。
マリリン・モンローのような魅惑的な歩き方をイメージさせつつ、恋の駆け引きや都会の夜の空気感がふわっと漂ってくる感じだよね。
タイトル変更に怒る!
南佳孝さんか、2008年7月放送のフジテレビ系「とくダネ!」の”朝のヒットスタジオコーナー”での発言で。
作詞家の来生えつこさんは「セクシー・ユウ」にタイトル変更 されて凄く怒っていたとの事。
レコード会社が郷ひろみのファン層には「モンロー・ウォーク」の語源を知らないだろうからという事で独断で変更したんだ。
カバー曲ですが勝手にタイトル変更なんて、曲を生み出した作詩家の 来生えつこさんは怒りますよね。
南佳孝さんは、「モンロー・ウォーク」を発表後は海外へ行き、活動休止していたんだ。
その間の収入源として同じレコード会社所属の同曲を「セクシー・ユウ」として売ってもらう事にしたんだって。
同じ曲でも、南佳孝さんと郷ひろみの「セクシー・ユウ」は全く雰囲気が違うんだよね。
南佳孝と杉山清貴の関係!

南佳孝と杉山清貴
南佳孝さんと杉山清貴さん、音楽的にも精神的にもつながりの深い関係なんだよね。
杉山清貴さんは南佳孝さんの音楽に強く影響を受けた世代のひとり。
杉山さんが「オメガトライブ」以前から憧れていたアーティストのひとりが南さん。
特にあの都会的で洗練されたサウンドや、ちょっと気だるくて色気のある歌声に惹かれていたんだよね。
杉山さんがソロになってからは、南さんの楽曲をカバーしたこともあるし、ライブやイベントで共演しているんだ。
南佳孝さんの代表曲「スローなブギにしてくれ」や「モンロー・ウォーク」なんかは、杉山さんのライブでも取り上げているんだよね。
ふたりとも、海や風、都会の夜を感じさせるサウンドが得意で、聴いてるとまるで潮風に吹かれてるみたいな気分になるよね。
杉山さんの「さよならのオーシャン」なんかも、南さんの影響を感じるよね。
杉山さんは、1959年生まれの66歳で、南さんは75歳だから、いい兄貴分であり、良き先輩なんですね。
南佳孝のWiki的プロフィール!

南佳孝
皆佳孝さんは、1950年生まれで、今年で75歳になります。
シンガーソングライター、作曲家、音楽プロデューサーと多彩な才能を発揮している。
東京都出身、明治学院大学卒業!
南佳孝さんは、子供の頃から兄や姉の影響で洋楽ばかりを聴いて育ったんだよね。
この時代に、家庭環境が既に素晴らしいなと個人的には思う。
中学時代には仲間と共にバンドを結成し、ジャンケンで負けてドラムを担当したんだって。
中学の時から既に「音楽で身を立てて生きていく」と決心していたとの事が凄いね。
「明治学院大学時代在学中にジャズに傾倒していたことが後の曲作りに大きく影響している」と語っているんだ。
南佳孝さんは6人兄弟の5番目として東京都大田区で生まれた。
音楽活動の中で都会的で洗練された楽曲を多く作り上げたシンガーソングライターとして知られている。
南さんの公式プロフィールでは独身であるとされ、妻や娘に関する公表された情報はないが、娘の存在を示唆する「おやすみの歌」という楽曲が存在しているんだよね。
この楽曲は娘さんに向けて贈られたとの記載があるんだよね。
南さんの音楽の一部には家族への特別な思いが込められているんだと私は思う。
この曲の背景や解説には、実際の出来事なのか架空のストーリーなのか曖昧な部分もあるため、真相は謎のまま!ですね。
南佳孝 デビュー後は!
1972年のテレビ番組「リブ・ヤング」(フジテレビ系)のシンガーソングライターコンテストで3位になる。
翌1973年9月に松本隆プロデュースによるアルバム「摩天楼のヒロイン」でデビュー!
1976年には自身による全作詞・作曲のアルバム『忘れられた夏』を発表しているんだ。
南佳孝さんは、前作の「摩天楼のヒロイン」はあくまで松本隆・矢野誠との共同作業として生まれたもので、自分一人の作品ではないと感じていたんだよね。
「本当のデビュー・アルバムは、作詞・作曲を自分でやって、へッドアレンジもアイデアを出した『忘れられた夏』だと思っています」と語っている。
南佳孝さんは、真の本物のアーティストを目指したんですね。
テレビ局との関係!
南佳孝さんは、『スローなブギにしてくれ』が売れたとき、テレビにも出演した。
「テレビは拘束時間が長い」とちょっと生意気な発言をしたため、テレビから声がかからなくなったと言っている。
その後は、他のアーチストへの楽曲提供やコラボレーション、プロデュース、映画音楽、CMソング、さらに音楽以外ではナレーションもこなしている。
南佳孝さんは、自分の意見を言う気概を持った人。
才能豊かな正直な方ですよね。
南佳孝 まとめ

南佳孝
南佳孝ラジオレギュラー番組「NIGHT AND DAY」 FM COCOLO (関西地区76.5MHz)水曜 18:00‐19:00 に出演しています。
その中で自作の短歌「今週の一首」や、油絵や水彩画「水曜日の美術館」、手料理レシピ「南のおつまみ道場」を、「南の小部屋」のブログサイトでも紹介しています。
南佳孝さんは、多岐に活躍し カッコよく素敵に年齢を重ねているよね。
「モンロー・ウォーク」の歌を聴いて、40年歴の私は、今後も南佳孝さんに注目して行きたいと思います。
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